フジパレスシニアコラムページ - 第三話

第3話「もっとはやくここに来たらよかったなぁ」


先日、妻の祖母がフジパレスシニアに入居した。 「入居できて本当に良かった」「フジパレスシニアがあって本当によかった」というのが、今の率直な感想です。

祖母の要介護認定は1なので、ある程度の生活はできるのかな、という期待もありつつ、入居直前には1人で歩くのもままならない状態で、少なからず今後の祖母の生活には家族の皆が、不安を感じていたのも事実だった。 それまでの祖母の生活は、義父・義母が入浴の介助をしたり、身の回りの世話をしていたのだが、義父、義母も70歳を超えていたこともあり、はっきり言って、今思えば、皆が辛い中での介護だったと思う。

今年になって、祖母が体調を崩し、今まで以上に義父・義母の看病、介護の負担が増えてきたのだが、長年の蓄積疲労と、心労と、厳しい寒さの影響もあってか、義父・義母も時を同じくして、体調を崩してしまった。 妻と妻の姉が交代で実家に通い、祖母の世話に当たっていたのだが、ともに家庭があり、仕事があり、プライベートもあり、時間的にも体力的にも、精神的にも限界が来ていました。


「これから、ずっとこの状態が続くのか?」  すぐに打ち消しはしたが、楽になりたいがために、よからぬ出来事を期待する気持ちが、一瞬よぎり、すぐに我に返り、自己嫌悪になったりもした。

今後もできることなら、家族皆で仲良く、楽しく祖母と暮らしていきたい。 でも、現実的な問題として、祖母が、もし急に容態が悪くなったら・・・、急に怪我をしてしまったら・・・・・、急に何かが起きたら・・・・・・、そんなきれい事ばかりも言っていられない。

家族皆、口には出さないが、祖母の今後の生活、介護に関して、はっきりと不安も感じていたし、悩んでもいた。


毎日、一番近くで祖母を看ている義父・義母は、私たち夫婦よりも、もっと苦しんでいたに違いない。

「ずっと、この家にいる。施設には行きたくない。死ぬまでここにいる。」

今までずっとそう言い張っていた祖母だったが、今回は家族みんなの話しも聞いてくれ、とりあえず、フジパレスシニアを見学しに行くことになった。祖母がどう感じて、どう考えるのか、家族全員が身構えていた。 結果は、とても気に入ってくれ、祖母も決心がついた。見学も早々に1週間後の入居になり、バタバタとしながらも祖母の入居も無事に決まり、祖母の新しい生活が始まった。

入居後の祖母に会いに行くと、それまでとは表情がまるで違い、明るく、顔色も良くなっていた。

特にお風呂をとても楽しみにしており、自宅にいた時より快適に過ごしているとのことだった。 私の思い過ごしかもしれないが、家にいた時は祖母も家族皆にサポートを受けながら生活していくことに、少し気兼ねして、プレッシャーというか、ある種の申し訳なさを感じていたのかもしれない。


でも、今の祖母の暮らしは快適そのものだ。 92歳になって、新しくできた友達や、初めて見る景色、初めて参加するレクリエーションやイベントに毎日心を弾ませながら、まるで子供の時のようにワクワクしながら暮らしている祖母。

妻が祖母に「それやったら、もっと早くここに来たらよかったなぁ!」と言うと、祖母からは「ホンマやなぁ!」という言葉が返ってきた。今の祖母の気持ちの全てを表した言葉なのだろう。 今回の祖母のフジパレスシニアへの入居は、祖母の生活だけでなく、「義父・義母の生活」「妻の姉」「我が家」3世帯の生活が救われたことになる。


私たちシニアハウスサポーターの使命は、フジパレスシニアを世の中の人たちにもっと広く知って頂き、幸せになって頂くことだ。 フジパレスシニアは、ご入居様だけでなく、ご入居様のご家族、ケアマネさん、相談員さん、責任とやりがいのある仕事ができるという点では、現場のヘルパーさんやドクター、看護師さんまで、関与する全ての方に幸せをもたらす。

これまでも、そしてこれからも、何千、何万という人との関わりと、その生活と未来を支えていく仕事なのだという自負を、今回の出来事を通じて、再確認した。

世のため、人のためになる仕事・・・

今までは少し縁遠い気がして、少し気が引けたところもあったが、今は自信を持って、自分の仕事が、世のため、人のため、何千というご家族のためになる、という実感を持っている。 この仕事が出来ている今に感謝し、少しでも多くの方が幸せに過ごせるように、これからも頑張ろうと思う。